亀山仁写真展「ミャンマーの人々と戦果の記憶」

期間:2022.5.5-11

場所:ポートレートギャラリー

作者はすでにミャンマーの人々や風景の写真を冬晴ギャラリーなどで発表し、写真集も出版している。

ミャンマーの子供たちの写真は外国人が撮る写真に関心があり、撮ってもらいたがる愛嬌がある、いわば、我々にとっては懐かしい子供たちの表情を写している。

今回は子供たちの写真もあるが、とても年配の彫りの深い人々の写真が展示されている。その人たちは戦時中のインパール作戦の頃に日本兵と関係した人々で、その頃の日本兵の慰霊祭を欠かさず行っている人だったりする。作者はミュンマーに日本兵が残した行跡を辿って、日本との関係を掘り下げようとしている。現代の日本と2021年にクーデターを起こした軍隊との関係にも立ち入ろうとしている。ミャンマーの人々の生活のあり方にも影響を及ぼす、政治にも関心を深めていると言えよう。

風景写真もインパール作戦の場所であったなどの詳しい説明がついていて、教えられることも多い。

本田光 写真展「うきま」

期間:2022_4.28-5.11

場所:エプソンスクエア丸の内 エプサイトギャラリー

第2回 epSITE Gallery Award 受賞

タイトルの「うきま」は作者と妻が住んだ「浮間」地区の風景モノクロの風景写真と所々に妻の日常での写真が入っている。

写真は8×10、4x5などの大型カメラで丁寧に撮影。台所の妻の正面からの写真はレンズの写りが良い。良いレンズを借りて撮ったとのこと。

2人の生活の様子がステイトメントに記されているが、喧嘩をした後の妻の言葉が引用されている。

「あなたはまだ、本当に大事なものを失ったことがないのよ。」

なんか自分にも当てはまりそうで、びくりとする。

作者はシナリオライターで、物語の筋書きには慣れているのだろうが、妻との日常生活の記録を10年に亘って、撮り続ける姿勢は写真家として重要な要素なのだろう。

また、それに応じて、撮らせ続けてきた妻はいわば、ゆっくりとこの写真家を育ててきたとも言える気がする。

私は六甲山フォトレビューやワークショップで作者と知り合い、また彼の妻とも出会って、優れた写真家でもある妻の薫陶も受けている。

曰く、「ポートレイトを撮るときには相手の腕に触ると良い。」と。

戸田和宣写真展「信州 桜 さくら サクラ」

期間:2022.2.24-3.1

場所:ポートレートギャラリー。四谷1-7-12, 日本写真会館5F

昨年1月に「H20の旅II東北」の個展を新宿でしてからあまり期間も経っていないのに、大規模な信州の桜の写真展だ。この作家は江東区在住で、撮影に出かけては風景写真を撮ってきているが、今回は信州の桜で、一回行くと10日くらいは行きっぱなしで撮影しているという。桜は特に時期が限られるので、特に集中的に撮影する必要があるだろう。新種の桜もお寺の枝垂れ桜が多い。枝垂れ桜は寿命が長いし、それだけに大きくなり、見事な花を咲かせる。全部で37点、全倍8枚、全紙、25枚、半切4枚、で、広い会場が見事な桜で埋め尽くされている。満開の桜が周りの環境とともに映されていて、そこに行ってみたくなる。場所が示されたパンフレットもあり、桜撮影を試みる人には良い資料ともなる。

飯沢耕太郎と写真集を読み尽くす Vol.18 『フィリア―今道子』 philia– KON Michiko

日時: 2022.1.22 10:00-

場所:写真集食堂まがたま 恵比寿

『フィリア―今道子』は神奈川県立近代美術館鎌倉別館で開催されている写真展のカタログだが、100点の出品作品写真が載っている立派な写真集である。

今回は作者本人が立ち合い、カタログを作成した学芸員の朝木由香氏も立ち会って、写真集をめくりながら、その創作の背景を飯沢耕太郎が今道子に尋ねていくという形で進められた。

作家はたびたび、作品の中にも紛れ込んで登場しているが、不気味な姿で得体がしれないところがあるが、実は気さくな女性だ。展覧会で展示されている写真は階調が良く、黒が締まった作品で、印画紙へのプリントが美しい。その撮影の方法も話から伺えた。作品には膨大な量の魚の目が登場するが、魚は築地で自分で選んで近所のアトリエで自分で捌いて、作品に登場する形に加工し、夕方までの窓からの明かりで、適当な時間に撮影する。オブジェは「繭少女」のようにかなり手間のかかる造形なので、かなりの時間がかかるものと想像される。しかも夕方までの時間は限られているし、魚の鮮度が劣化するので、その日のうちに撮影を終えなければならない。写真に写ったオブジェの造形は細部まで凝った、光の当たり具合にも配慮した精巧なものだ。相当の集中力が要求される。その成果は写真の中に結実するが、4ー5のフィルムで撮影しているので、写真写りを、デジタルのように確かめられるわけではない。長年の経験の結果、勘所も掴めるのだと思う。撮影が終われば、作品は取り壊して、自分で食べられる魚は口に入れるが、使用する魚の量は膨大で、とても食べ切れるものではないので、近所に配りもするとのこと(カタログの対談から)。撮影はかなりの時間をかけた撮影になっていて、作品も時間の流れを感じさせるものになっている。これは「めまいのドレス」という作品が撮影途中で動いてしまって、ドレスのぶら下がった魚がダブった、と解説していたことからも窺える。また、展覧会場の作品は全倍ないしそれ以上の大きな作品だが、これはPhotographers’Laboratoryに45のフィルムとプリント作品を渡して、プリントしてもらったとのこと。諧調の良さは印画紙への直接のプリントのせいだ。会場が満員になる盛況ぶりだった。